我が家の事情

ある日突然、嵐のような運命に巻き込まれ・・・

不運は重なるものです。
次に起こったのは、かたつむり本人の勤める会社の経営不振
会社の経営状態が悪いと分かってから数カ月は何とか踏みとどまっていましたが、約半年後とうとう会社が無くなることに・・・。
ここからが、本当の正念場でした。

二度目のピンチ!!!

    私一人の稼ぎだけで生活するのにも大分慣れて来た頃、私達家族は新たなる試練を迎えました。私の会社の経営状態が悪化し、倒産間近となったのです。社員は4人。数ヶ月間仕事もなく、会社の預金も底を付き、誰の目から見ても時間の問題でした。けれど、手に職の無い私は今放り出されたら正社員の職になど就けないと考え、何とか持ち直して欲しいと祈るような気持ちで過ごしたことを覚えています。

    年末のある日、社長が私達を集めて言いました。『2、3カ月待つから、その間に次の仕事を探してほしい』と。ハンマーで頭を殴られたような感覚とは、ああいうのを言うのでしょうか。『私の力不足で申し訳ない』と頭を下げる社長の姿が、涙でにじみました。本当にお世話になったのに、こんなことを思ってはいけないのに。私の中でわき上がる黒い負の感情。本来なら感謝の気持ちを伝えなければいけないのに、社長をなぐさめる言葉を掛けることができませんでした。

    言えない・・・失業しそうだなんて

    急転直下の出来ごとに呆然としつつ、頭の片隅では冷静に考えている自分もいました。失業しそうだなんて言ったら、気に病んで旦那の病気が悪化してしまう。せっかく落ち着いてきたのに、また以前のような辛い状況には陥らせたくない。色々なことを考えて職を失いそうだという事は話さないという結論に達し、一人悶々とした年末を過ごすことになりました。
    苦しい状況ながら何とかボーナスも出してくれたため、いつも通りの年末年始を迎えることができましたが、年が明けたら転職活動を始めなければならないというプレッシャー大きく、心から笑える時間はありませんでした。

    さてさて。年が明けて、会社へは自由出勤となりました。つまり、来なくても出勤扱いにするから、その時間を利用して転職活動をしてください、ということです。ここまで来たら、隠し通すことはできません。ハローワークに通ったり、履歴書を書く時にバレてしまいますから。ここで、やっと旦那に現状を話しました。旦那は案の定動揺している様子でしたが、私は明るく『大丈夫だから』と笑いました。旦那はそんな様子を見て安心したのか、転職活動における様々なサポートを約束してくれました。

    ネットで同じような境遇の人を捜し求めて

    人って、誰かが同じような境遇で頑張っていると思うと、もう少し頑張れそうな気がしませんか。
    私も、そんな気持ちで深夜にはネットを彷徨っていました。
    そんな時、ある掲示板を見つけて、そのやり取りを熱心に読みました。相談の内容は『病気で休職中の旦那をサポートしていく自信がない』というものでした。その気持ち、本当によく分かります。サポートする家族にしたら、終わりの見えないトンネルですから。それに対しての答えは至極まっとうなもので、『ストレスを溜めないようにね』、『奥さんが働いて家計を安定させるのが大事』、『家計を見直して最小の出費に抑えるように』等の意見が並んでいました。
    その中の一つに、私がどうしても実行できなかったことが載っていました。それは、『自分の両親に全てをさらけ出して、サポートして貰えば楽になるよ』というもの。私だって両親を信頼していないわけではありません。ただ、遠方で歳も取っていて、余計な心配を掛けたくない。これについては賛否両論あると思いますし、親の側からしたら相談して欲しいと思うでしょう。だけど、正解のない問題であることに変わりはないのだから、頑張ってる本人が納得できる方向に進めば良いと思うのです。ということで、私は未だに両親の前では、元気に前向きに頑張っている姿を演じ続けているのです。本当は事あるごとにメソメソしているのですが・・・。

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